セクハラ議論はやめて、もっと重要なことについて話し合おう
前置き
世の中で騒がれるセクハラはたいていパワハラとセットになっている。
政治家の件しかり大物プロデューサーの件しかり。
実際、自分より下の立場の人間からセクハラめいた発言をされたとして、生活や尊厳が脅かされるような深刻な問題に発展することは稀だろう(不快な気持ちになることはあるかもしれないが)。
何ならあなたの立場を利用してセクハラを止めさせることだってできるはずだ。
もちろん力関係が絡まないセクハラが許されるということではないが、パワハラが絡むものと比較して深刻度が大きく異なるのは確かだろう。
そういう意味で、昨今のセクハラ問題の本質はむしろパワハラ(権力構造を利用した強要)の方にあると言っていい。
セクハラを議論の中心にすべきでない理由
まず、セクハラ議論は男女間の無駄な対立構造を生んでいる。これはSNSやネットニュースのコメント欄を見ればすぐにわかることだ。
被害者への中傷など見るに堪えない文言が並ぶのは、一部の男性からすれば不当なバッシングを受けている気持ちになるからだろう。
少なくとも本当に当事者意識をもってセクハラ問題を考えられる男性はそこまで多くはないはずだ。
それに対し、パワハラは男女関係なく受けうるものなので、より当事者意識を持ちやすい。
またセクハラの議論は「どこからがセクハラなの?」といった、些末で不毛な議論に行きつきがちである。
それに対し、権力を利用しうる状況にあったかどうかはセクハラよりも判断しやすい。セクハラは主観が大きいが、役職は客観的である。
例えば、自分より立場が下で、要求を拒否しづらい立場にある相手に誘いをかけたり「ジョーク」を飛ばそうと思った時点で、もうハラスメント一歩手前にいると認定することもできるだろう。
相手が断ったり逆らったりしづらいことを承知の上で、相手の権利を侵害する危険性がある言動を取っているからだ。
その危険性を顧みぬまま言動を続けていれば、告発されても仕方がない。
(どうしても部下を口説いたり会心のジョークを飛ばしたいのであれば、それが安全にできる関係性作りから始める必要があるわけだが、それには相手の立場や感情をおもんばかる高度なソーシャルスキルが要求される。それ故たびたび「セクハラ上司」が生じる結果となる)
まとめ
本来は誰しもが関係ある問題のはずなのに、誤った位置づけのせいで「女性だけの問題」と認識されてしまっているのが「セクハラ問題」「Me Tooムーブメント」の現状である。
相手の立場や感情を考慮しないという特徴から、セクハラ上司は往々としてパワハラ上司でもあると思われる(少なくとも良い上司である可能性は低いだろう)。
セクハラ上司を追放することは男性にとっても悪くない話のはずだ。
日本のセクハラ問題を本当に解決したいのであれば「パワハラ」という、より大きな枠で考えたい。